「ヒストリエ7巻発売。とりあえず一気読みのススメ」

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11 /29 2011

ヒストリエ(7) (アフタヌーンKC)ヒストリエ(7) (アフタヌーンKC)
(2011/11/22)
岩明 均

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 十年後、間違いなく「これだけは読んでおくべき作品」の一つとなってるだろう本作。
 紀元前4世紀の超有名人アレクサンドロス大王に仕えた書記官エウメネスの生涯を「歴史上の人物って普通そうは描かないよ?」という独自の視点で生き生きと淡々と描きつつ連載が続いているわけであるが、何が凄いって「生き生きと淡々と」って正反対の形容詞を同時に並べないと、作者・岩明均が描く人物像や表情、戦闘描写を言葉で表したことにならないところ。

 無表情が雄弁に語るなどと言われる独特のモンタージュであるが、出世作「寄生獣」のあとがきで作者はその前作である人情ドラマ「風子のいる店」とを比較してこう語っている。

「前者(「風子」)の、「登場人物」にあわせて「出来事」をつくっていく作業は非常に苦痛で、はかのいかないものだったが、「出来事」をまず先に考えるやり方はそれ自体が楽しく、作画する手先もスラスラと動いた。私はそういうタイプの漫画家だったのだ。」



 この作者の言葉を素直に信じるなら、だから出来事を軸に描いていく「歴史もの」を志向することになったのだろうし、出来事を描こうとするからこそ、あの独特な無表情なコマを描くのだと思われる。

 例えば出来事を交通事故のようなものと想像すれば、歩道にトラックが突っ込んだ瞬間、歩道に歩く人はみな無表情のはずである。

 ドラマチックな出来事とは「衝突」に他ならない。

 得意技とも言える人体輪切りも、残酷な描写がしたいというよりは何かが衝突した結果が描きたいだけなのではないだろうか。結果として、切断面が露出するので描きましたといったような。

 よって、悲しい出来事も人物に衝突する。

 その衝突の瞬間の驚きとまどい悲しみ、突然のことでそれがまだ表情にまで現れない、それがあの貌(かお)だ。
 なのに、あの表情のない顔が我々読者の感情移入を呼ぶ。
 それは描かれてない心の表情が僕らに分かるからだ。当の人物でさえまだ自分が悲しがっていることに気がついていない悲しみの芽を読み取ることが出来るからだ。

 相手は古代ギリシャ人なのに、とてつもない親近感が湧く。こんなことがあるだろうか。世界史が苦手でカタカナの名前が全く覚えられなかった僕が、オリエントをこんなに近しく感じることがあるなんて。

 ところで、ストーリーは第五巻より第二部に入っている。

 ようやく士官しタイトルである書記官(ヒストリエ)見習いになったわけだから一区切りつくのに異論はないが、僕の理解としては今回の七巻までで一まとめという見方もあると思う。

 その理由はもう一人の主人公となっていくはずの英雄アレクサンドロスとエウメネスの共通点が描かれている巻だからだ。
 一巻から何度も描かれるエウメネスの原風景と、まるで合わせ鏡のように描かれたアレクサンドロスと母親オリュンピアスの秘密。
 だから二人は出会ったのか。そう思わせてくれる何かがある。
 是非、僕を信じて七巻が発売されたこのタイミングで一気読みしてほしい。なにかしら理屈にならない納得感があるから。

 それにしても未読の人が僕は羨ましい。
 七巻までで最低でも三回は泣けるんだよ。
 いいなあ、待たずにここまで読めてさ!!
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